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木曜ミステリー概略 前前史~「遠山の金さん」と共に

すみません、大したことじゃないのに引っ張ってしまいました。
日曜20時枠時代、その1970年4月~の緒形拳版「丹下左膳」が
同年7月に(おそらく)打ち切りになり
(おそらく)予定より繰り上がって登板したのは
あの中村梅之助主演「遠山の金さん捕物帳」。
テレビ朝日(NET)と東映による「遠山の金さん」シリーズ第1弾である。
こちらは東京から京都の東映京都テレビプロに戻っている。


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放送は先述の通り日曜20時枠なので、裏番組はNHK大河ドラマ。
それなのに最高視聴率22.1%を叩き出したのは、ある戦略が功を奏したからだという。
それは簡単なことで、大河ドラマは今もそうだが放送終了20:45である。
大河ドラマが終わってから「遠山の金さん捕物帳」にチャンネルを変えれば
ちょうど一番盛り上がるお白洲の時間になり、
この20:45以降で高い視聴率を取ることで
全体の平均視聴率を押し上げる構図だった。
(能村庸一「実録テレビ時代劇史」より)



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しかし、この番組が人気が出すぎたことにより、
主演の中村梅之助の人気も上昇し、引く手あまたに。
視聴率はまだまだ高かったが1973年9月で
3年3ヶ月のロングランとはいえ、そこで終了となった。
中村梅之助は日本テレビ火曜20時の「伝七捕物帳」に移ることとなる
(制作はユニオン映画)。

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その後、NET日曜20時枠では"遠山の金さん"を
代替わりさせることで放送を継続。
だが、2代目市川段四郎の「ご存知 遠山の金さん」は1年、
3代目橋幸夫の「ご存じ金さん捕物帳」は半年と
初代ほど長続きせず
"遠山の金さん"は一旦終了。


1975年4~10月は東映京都撮影所が制作に替わり、
映画3作からTVにスピンオフした、若山富三郎の「賞金稼ぎ」となる。

賞金稼ぎ コレクターズDVD

そして1975年10月から東映の制作枠としては木曜20時に戻り、
「遠山の金さん」が復活。4代目・
杉良太郎の誕生である。曜日が変わったのはやはり先述の戦略があったとは言え、大河ドラマ裏ではきつかったのであろうか。
NET木曜20時枠としても、1973年度の「素浪人 天下太平」「いただき勘兵衛 旅を行く」と言った
"素浪人シリーズ"が主演の
近衛十四郎の体調悪化もあり終了してから
上手くいかず、現代ドラマ、海外ドラマ、バラエティと
ジャンルが定着せずの状態だったが、
やはり時代劇なら勝算があると判断されたのではないかと思う。


杉良太郎「遠山の金さん」は堅調な視聴率を獲得し
2年のロングランとなるが、やはり主演俳優の人気・多忙さで一旦終了。
更に制作も東映から前進座&国際放映に明け渡すことに。
この座組で1977年10月から中村梅之助「達磨大助事件帳」、
1978年5月から田村正和「若さま侍捕物帳」を放送。
この枠(木曜ミステリー終了まで)で
東映でない制作会社だった時期はこの1年間のみである。

若さま侍捕物帳 コレクターズDVD <HDリマスター版> 【昭和の名作ライブラリー 第101集】

そして1978年10月から東映の制作に戻り、
当時は「新幹線公安官」を終えたばかりの

西郷輝彦による「
風鈴捕物帳」に。
制作プロダクションはこの枠従来の東映京都テレビプロではなく
TBSナショナル劇場でおなじみの東映太秦映像で、
作風もそちらに近い雰囲気の作品だった。
全13話と短期で終わっており、視聴率も平均9.5%と微妙ではあったのだが、
終了の翌週より、TBSで西郷輝彦主演の「江戸を斬るIV」が開始しているため
おそらく当初よりの予定だろう。

そして1979年2月からは
制作プロダクションが東映京都テレビプロに戻り
杉良太郎の「遠山の金さん」第2期。
全30話とさほど長くない期間であったが、最高視聴率25.1%を叩き出し、
第1期を凌ぐ人気であった。

1979年10月からは里見浩太朗による「長七郎天下ご免!」。
全113話、2年半のロングランとなった。
その後日本テレビで同じく里見が松平長七郎長頼を演じた
「長七郎江戸日記」も人気だったが、
ユニオン映画制作(下請けは東映太秦映像)
と言う事もあってか世界観は異なっていた。

そして1982年4月からは高橋英樹による5代目「遠山の金さん」。
高橋英樹と東映(の渡辺洋一P)とのタッグは
1972年からフジテレビの「隼人が来る」にはじまり、
1975年に日本テレビへ移ってから2作目の「桃太郎侍」が大ヒット。
1976年から5年間続き、終了して半年をおいて
スタッフごとテレビ朝日に来たという感じである。

ただ渡辺洋一Pは1年で降板しており、
「刑事くん」「吉宗評判記 暴れん坊将軍」「特捜最前線」を
手掛けた斉藤頼照Pが実質メインを張り、
とりたて人情味の強い「金さん」となった。

この高橋英樹「金さん」は1985年9月、
3年半のロングランで一旦終了するが…
ここからがこの枠の歴史でも大いなる波乱となる出来事が…
続きは次回。



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